2000年3月22日

 
          「男のイニシエーション」
     

前回は女性の通過儀式のお話をしましたが、今回は男性の通過儀式のことを書きます。

シングー川上流域の数部族に共通しているこの儀式は、男子が15,6才になると、呪術師によって調合した毒を飲まなければなりません。呪術師が決定した日に厳粛にとりおこないますが、この毒は半端ではなく、年に1集落で1人位は死に至ることがあります。
何故このような、文明側から見たら危険ともいえるようなイニシエーションを行うかといいますと、過酷な自然環境において生きていくためには、精神的な強さと共に強じんな肉体も持ち合わせていなくてはいけないからです。と同時に淘汰の意味も含まれます。このハードルを越せぬ種を残す必要がないという厳しい掟が代々、継承されていくのです。
毒を飲んだ男の子たちは幻覚性の強いこの薬草の影響で内なる世界の旅をし、たくさんの体験を得ます。時として、天国を見たり、地獄を見たり。そして徹底的に個の確認をし、こちらの世界に戻ってこれる者は再び帰ってくることが出来ます。

こうして成人式を終えた少年は個を確立したおとなとして認められます。
この地域には自殺者がいません。肉体的な極限状態で、1度死の直前と真正面から向き合い、そして宇宙的意志でこの世に生存することを悟った彼らは、生とはどんなにか素晴らしいものであるということを実感しているからです。命を粗末にすることなど考えられないのです。

下流域のカヤポ族のようにはちの巣をたたいて、勇者の力を試すという儀式もあります。多くの蜂にさされてショック死する少年もいます。また、葉っぱで出来た漏斗の形をした袋の中に次々に手をいれる少年たちを見ることもあります。実は、この袋の中には毒蟻たちが何百匹も入っているのです。真の勇士は、この痛みに耐え、そして本来持っている自己治癒力によって回復するを期待します。これらは昔からその地域ごとに伝統儀式として継承され、ここで肉体が滅びる者もいますが、生と死と向き合うこれらの体験こそが、今後、過酷なジャングルで生き抜いて行くためのどうしても必要な関門でもあるのです。

日本では年間4万人もの自殺者がいると言われ、準備者を含めば自殺志願者はもっと存在するのではないでしょうか。ジャングルと日本の文明社会とを行ったり来たりしているわたしの目には、日本に帰って来ると、多くの人々の足が地面から2〜3センチ浮いているような感覚にとらわれます。
ジャングルの大地に足をしっかりふみすえ、腰をすえて生きている、生命エネルギーが充満しているインディオと比べると、1人の持つエネルギーの強さがはるかに違うのです。この希薄な感じは何に由来するのでしょうか。

「大地や自然との共生により(文明社会の犠牲にならなければ)永遠に持続発展できるインディオの社会」と「環境を破壊し削り取って消費をしながら大地や自然からどんどん足が離れ、生命エネルギーもそれと同時進行的に枯渇して、死のにおいのする地球環境破壊の未来へまっしぐらに進んでしまっている現代人。」

インディオは、若者のときから1人1人がどうしたら生きぬいて行けるかということを自分自身の力でほりさげて考えています。どちらの文明が優れているかという観点からすれば、「先進国」「遅れた国」という言葉に皮肉さえ感じます。

こうしてインディオの知恵を学ぶことで、わたしたちは次の世代の人に対し、「生の素晴らしさを実感させ、自分自身で生きぬいて行ける力を各々が持てるようになる環境」を社会の中にどうつくっていったらいいと思いますか?




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